2008年11月14日

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精神論(せいしんろん)とは

94 :名無しさんの主張:2007/09/21(金) 23:47:01 ID:???
★精神論   出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

精神論(せいしんろん)とは、人間の精神力が、物質的な劣勢を、跳ね返せるとの立場を指す。


・「進め一億火の玉だ」に見られる、第二次世界大戦中の日本軍の行動。銃後では
「国民精神総動員」「欲しがりません勝つまでは」などと用いられた。米軍の初動態勢の
遅れを衝いて、緒戦では戦勝できたが、ミッドウェー海戦以降は、精神論は通用しなくなった。
生長の家は、「信仰する者は、広島で被爆しなかった」と述べる。

・タリバン。イスラム教を確信することで、緒戦では米軍の軍用ヘリコプターを追い返した。

・「病は気から」。広島の被爆者が入所する施設を、当時の中曽根康弘首相が訪問し、
入所者にこのように発言して、問題化した。

・1980年代以前の学校運動部。身体を極限状態に追いやることが、精神力を鍛えると
信じられた。却ってそれで、身体を壊す者が続出した。

[編集] 関連項目
根性論

http://ime.nu/ja.wikipedia.org/wiki/ç²¾ç\žè«–

104 :名無しさんの主張:2007/09/23(日) 00:07:49 ID:???
Yahoo!知恵袋!
終戦前、日本軍は本気で本土決戦を考えていたそうです
第二次大戦の終戦前、日本軍は本気で本土決戦を考えていたそうですが、
B29の大群がはるか上空から、日本の大都市を空襲していた。
また、日本の近海に連合軍の潜水艦がウヨウヨしていたのを、日本軍が知っていたらしい。
そんな状態で、具体的にどうやって本土決戦をするつもりだったのでしょうか?
女子などが竹槍で突く練習している写真を見た事がありますが、それのことでしょうか?

回答日時: 2007/8/7 02:22:37 回答番号: 39,604,727
どうやって本土決戦をするつもりだったか?…それは大和魂と根性です。
「死中に活を求める」、「断じて行えば鬼神もこれを避く」などと当時よく言われたそうです。
映画「日本のいちばん長い日」などでも描かれているように、終戦間際の日本軍
(特に陸軍)はすで組織的な戦闘集団としての機能を消失し、武器を持った単なる
意地っ張り集団と化していたきらいがあります。
米内海相を初めとする海軍はこの時までにすでに海上艦艇のほとんどを失っていたこともあり、
もはや日本に勝ち目がないことを冷静に悟っていましたが、市ヶ谷の参謀本部に勤務する
陸軍の青年将校たちはまだそれなりの兵力(人数)を国内に温存していたこともあり、
本土決戦をやれば日露戦争の奉天会戦のように日本は必ず勝てる、たとえ勝てなくても
敵に大打撃を与えることで、すでに発表されていたポツダム宣言の受諾条件を
緩和することが出来ると信じていました。と言うより、そう信じようとしていました。
ただし、兵数はそれなりにいても持っている装備(武器・弾薬)の貧弱さは米軍の比ではなく、
米兵はほとんど全員が自動小銃や機関銃と豊富な弾薬を持っていたのに対し、
日本兵には機関銃どころか手動式の小銃すら満足に行き渡っていないありさまで、
しかも弾薬数は極端に少なく、全兵力を集中して最初の1回は水際で敵を押し返したとしても、
2回、3回と来られたらひとたまりもなかったことは容易に想像が付きます。
この時、上陸を許した米兵を一人一兵ずつ殺すように軍部が女性たちに持たせたのが
竹槍です。すでにまともな判断ではないですよね。戦国時代じゃないんですから。

116 :名無しさんの主張:2007/09/28(金) 02:10:29 ID:Ar0XN3sf
精神論・根性論ってのは、根拠が無くて論理的じゃないものがそう呼ばれてる気がする

でも精神論・根性論にも良いところはあるように思う
例えば簡単にあきらめない粘り強さとかは大切だと思う
でもこういう思想が問題視されるのは、何でも「我慢」や「根性」を持ち出して、
目的達成とは無関係な理不尽なことを強いる奴がいるからなんだよな

1 コメント:

1234 さんのコメント...

> 終戦前、日本軍は本気で本土決戦を考えていたそうです

ソースは?
日本軍と言い切ると、上層部から下層部まで全部という事になるけど。結局はポツダムを受け入れたわけだし、ソースがないとあまり信じられないな。
竹槍訓練も、精神修行の一環と言ってしまえばそうだし。大戦中は、ヨーロッパでも格闘技が盛んだったが、日本の竹槍は役に立たないけど、ヨーロッパの格闘技訓練は役に立つと言いたいんだろうか。

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